経営・組織づくり語源から、働くことを考える(全2回の第1回)

「まねぶ」と「まなぶ」まねるから、自分のやり方へ

公開 2026年11月3日

灰色の石の板の前に、筆を置く金色の台と、穂先の白い太い筆が一本。赤い紐が垂れている。人・文字は写っていない。
筆と筆置きのイメージ(写真: Mx. Granger / Wikimedia Commons, CC0)

この記事は「語源から、働くことを考える」の第1回です(全2回)。

「学ぶは、まねぶから来ている」とよく言われます。辞書で確かめると、二つは同じ語源とされていても、どちらが先かは「不明」(精選版 日本国語大辞典)。上手な人をまねて、違いに気づき、見比べ・聞き・試すうちに、自分の判断が育つ。仕事を覚える道のりを考えます。

新しく仕事を覚えるとき、「まずは、まねしてごらん」と言われたことがある人は多いと思います。「学ぶは、まねぶから来ている。だから、学ぶとはまねることだ」という話も、どこかで聞いたことがあるかもしれません。

この話を、辞書で確かめてみました。すると、思っていたのとは少し違う姿が見えてきました。

Workerプラス編集長より

先にまとめると

  • 「まなぶ」と「まねぶ」は同じ語源。ただ、どちらが先かは、日本国語大辞典は「不明」と書く
  • 古い「まねぶ」は、まねる以外の意味も持つ言葉だった
  • まねて、違いに気づき、試すうちに自分の判断が育つ。理由に気づく道は一つではない

(1・2点目は辞書の記述から、3点目はNouManの読み解き)

1.「まねぶ」は、まねるだけの言葉ではなかった

古い日本語の「まねぶ」を、精選版 日本国語大辞典(コトバンク)で引くと、意味が四つに分けて書かれています。

  • 口まねして言う
  • 見たり聞いたりしたことを、そっくり人に語り伝える
  • 手本にしてまねる。ならう
  • 学問や技芸などを、教えを受けて身につける

二つ目の「そっくり人に語り伝える」は、いまの「まねる」からは思いつきにくい意味です。見たこと、聞いたことを、人にそのまま話して聞かせる。そういう使い方もあったのです。四つ目の「教えを受けて身につける」には、源氏物語(11世紀はじめ)の例が挙がっています。

ただし、同じ辞書は、「まねぶ」の使い方の多くは口まねや、できごとをその通りにまねることで、「教えを受ける・学問する」といった意味あいは「まなぶ」に比べるとずっと少ない、とも書いています。

2.「まなぶ」と「まねぶ」、どちらが先か

では、「学ぶは、まねぶから来ている」は本当でしょうか。

精選版 日本国語大辞典は、「まなぶ」の項に「まねぶ」と同源だと書いています。デジタル大辞泉も「同語源」としています。ここまでは、よく聞く話と同じです。

けれど、精選版 日本国語大辞典の「まねぶ」の解説には、こうあります。

「マナブと同源であるが、その前後は不明。」

同じ語源の言葉とされていても、どちらが先にあって、どちらが後から生まれたのかは分からない、ということです。「学ぶは、まねぶから生まれた」と言い切る説明は、辞書が書いていることより一歩先に進んでいます。

辞書はもう一つ、使われ方の違いも書いています。「まなぶ」は漢文を読み下した文章に、「まねぶ」は和文に多く使われていた。そして、「まねる」という言葉が広く使われるようになると、「まねぶ」は話し言葉から退いて、「まなぶ」の雅な言い方のように受け取られるようになった、といいます。

注意

この記事で確かめたのは、Web で読める辞書(精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉・普及版 字通〈コトバンク〉、学研全訳古語辞典〈Weblio 古語辞典〉)の記述です。最も古い用例の年代や、言葉の移り変わりの細かな経緯は、紙の辞書でさらに確かめる余地があります。

3.漢字の「學」は、別の話

「学」の旧字体「學」の形については、漢字学者の白川静が、屋根に木を交差させた建物の形に関わる字だとする説を示しています(普及版 字通)。

ただ、これは漢字という文字の成り立ちの話で、日本語の「まなぶ」という言葉がどう生まれたかとは別の話です。言葉と文字を一つの物語にまとめないように、ここで分けておきます。

4.まねた、その先で

ここからは、NouManの読み解きです。辞書が、こう行動しなさいと教えているわけではありません。

NouManの読み解き事実を踏まえた、Workerプラス編集長の見方

上手な人を観察して、まねる。やってみると、どこかが違う。その違いに気づいて、試しては直す。そうしているうちに、自分なりの判断ややり方が育っていく。仕事を覚える道のりを、私たちはこう考えています。まねることは入り口で、ゴールではありません。

まねる人に最初に見えるのは、動きまでです。その動きを選んだ理由は、なかなか見えません。理由に気づく道は、一つではないと思います。教える人が言葉で説明してくれることもあれば、学ぶ本人が、見比べたり、聞いてみたり、試してみたりするうちに気づくこともあります。

たとえば、こんな場面です(説明のための架空の例です)。

新しく入った人が、ベテランの収穫をまねています。同じように採っているつもりなのに、箱に詰めると、ベテランの箱のほうが大きさがそろっている。自分の箱と見比べて、違いに気づきます。次の日、ベテランの手元をよく見ていると、採る前に一度、指で太さを確かめていました。自分も同じようにしてみると、箱の中がそろってきました。理由は、聞かなくても、見ているうちに分かることもあります。

別の朝、ベテランは水をやりませんでした。今度は見ているだけでは分からず、思い切って「今日はなぜやらないんですか」と聞いてみると、「夜の雨が土に残っている。朝は葉の様子を見てから決めるんだ」。まねるべきだったのは、水をやる動きではなく、やるかやらないかを決める見方のほうでした。

次の週、自分の担当の畝で、水をやる時間を一つだけ変えて、葉の様子を見比べてみる。自分の畑は水はけが違うので、同じ見方をしても、答えは違ってくるかもしれません。そうやって試すうちに、ベテランのまねではない、自分の判断が少しずつできてきます。

営業の現場でも似たことがあります(これも架空の例です)。成約の多い先輩の商談に同行して、質問の順番や、黙る間をまねる。自分の商談と比べるうちに、先輩が価格の話の前に、必ず相手の出荷先を聞いていることに気づく。出荷先が分かると、値段の話がしやすいのかもしれない。そう考えて、自分の担当先で同じ順番を一度試し、相手の反応を比べてみる。自分の相手には別の質問の方が合いそうだ、と分かってきます。こうして、自分で選べるようになっていきます。

NouManの読み解き事実を踏まえた、Workerプラス編集長の見方

見比べる。聞いてみる。一つ変えて試す。どれも、まねる人が自分でできることです。教える人が「今日こうしたのは、〇〇だから」と一言添えてくれれば、それは近道になります。自分で確かめたことは、自分の判断として残りやすい。説明してもらうことと、自分で確かめること。どちらか一つではなく、両方が行き来するうちに、まねから始まったやり方が、自分のやり方になっていくのだと思います。

最近、誰かのやり方をまねて、自分のやり方との「違い」に気づいたことはありますか。(教える立場にもいる人は、自分の判断の理由を一つ、言葉にしてみるのもよいかもしれません。)その違いを確かめるために、見比べること、聞いてみること、一つ変えて試すことのうち、次にどれをやってみますか。そして、まねから始めて、いまでは自分流になっているやり方は、何でしょう。

補足

この記事は、2026年11月3日時点で Web で読める辞書の記述をもとにしています。

出典

  • 学ぶ(まなぶ)・まねぶ(精選版 日本国語大辞典、デジタル大辞泉) コトバンク(小学館)(2026年11月3日確認) 資料を開く
  • まねぶ(学研全訳古語辞典) Weblio 古語辞典(Gakken)(2026年11月3日確認) 資料を開く
  • 爻(普及版 字通) コトバンク(平凡社)(2026年11月3日確認) 資料を開く

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