なぜ人が定着しないのか期待と評価を、言葉にして共有する
公開 2026年11月2日

人を雇い、育てようとする経営者へ。辞める理由は一つではありません。調査では「想定と違った」が多く、働く人は給与の制度や会社の見通しを求めています。期待や、評価と待遇のつながりを言葉にして共有するための、自社を振り返る問い、明日から取り組めること、話し合うための共通の土台としての評価の仕組みを紹介します。
たとえば、こんな場面です(説明のための架空の例です)。
入って1年になる若い従業員が、ある日、辞めたいと言いに来ました。経営者は驚きます。よく働いてくれていたし、頼りにしていた。来年は給料も上げようと考えていた。
話を聞くと、本人はこう言いました。「何ができるようになれば認められるのか、分からなかった。この先ここで働いて、給料がどうなっていくのかも、見えなかった」。
経営者は、本人に期待していました。本人も、認められたいと思っていました。伝えていれば辞めなかったかどうかは分かりません。それでも、その期待と、何が評価されて待遇にどうつながるのかが、言葉になって二人の間に置かれていなかったのです。
天候に左右され、資材費も人件費もかかるなかで、人を雇い、育てようとすること自体が、大きな営みです。この記事は、その取り組みをもう一歩進めるための話です。採用だけでなく、入った人が働き続け、成長できる仕組みをどう整えるか。人を雇っている農業法人にも、個人経営の農家にも、同じように当てはまる話として書きます。
先にまとめると
- 辞める理由は一つではない。「想定と違った」が多く、その中に給料や勤務時間への不満も含まれる
- 期待と、評価・待遇のつながりを、言葉にして共有することから始められる
- 評価の仕組みは、昇給の約束ではなく、話し合うための共通の土台
1.辞める理由は、一つではない
人が辞める理由は、給料、休み、体の負担、家庭の事情、人間関係と、いくつにも分かれます。どれか一つだけを直せば済む、という話ではありません。
そのうえで、農業ならではの数字があります。総務省が2019年にまとめた報告で、国の支援を受けて農業法人などで研修した人が農業を離れた理由を見ると、理由の分かった354件のうち「業務内容が合わない、想定と違っていた」が35.9%で、最も多い理由でした(ほかに、離農した527件の3分の1ほどは、理由の詳しい中身が分かりませんでした)。その中には、給与や勤務時間への不満、「農業の理想と現実のギャップ」が含まれています。報告は、こうした理由の中には、雇う側や、事業を進める農業会議などの取り組みで「一定程度解消され得る」ものも多い、と書いています。
注意
調査した18都道府県の、2014年度の研修生という限られた人たちの記録です。理由は、本人が直接書いたものではなく、農業会議が雇っていた側と本人に確かめた結果や、雇っていた側の報告をまとめたものです。
働き続けている人の要望もあります。農林水産省が2016年に、国の助成(農の雇用事業)を受けた雇用先で働く研修生3,213人に、「正社員として勤め続けるうえで、雇用先に取り組んでほしいこと」を最大3つまで聞いたところ、「給与関係制度(定期昇給、賞与、退職金)の整備」24%、「会社の5年後・10年後の将来ビジョンを示す」18%、「労働時間の規則、有給休暇制度の整備」16%、「中長期的な社員の育成計画(キャリアパス等)の策定」13%が挙がりました(44%は「満足しており特に要望はない」)。給与の制度そのものと、会社の将来の見通しを求める声が、上位に並んでいます。助成を受けた雇用先という、限られた人たちの答えです。
2.季節と天気が、働き方と収入を揺らす
農林水産省の検討会の資料には、農業法人などを辞めた人への聞き取り(2014〜2016年度、311件)の声が載っています。
- 「予想以上に農繁期と農閑期の差が大きく、難しいと感じた」
- 「雨等で休みになることも少なくない中、給与形態が日給制で安定しなかった」
- 「上司から明確な指示がなく、独自の判断が必要だった」
農業や、畜産・養蚕・水産の事業で働く人には、労働基準法の労働時間・休憩・休日の決まりが適用されません(第41条第1号。林業は除きます)。農業は天候などの自然条件に左右されるため、と農林水産省と厚生労働省の資料は説明しています。ただし、それ以外の決まり(深夜の割増賃金や年次有給休暇など)は適用されます。また、加工や販売を主に行う事業場では、労働時間の決まりも含めて全面的に適用されます。そのぶん、忙しい時期と休める時期、雨の日の働き方と収入の見通しを、雇う側がどう決めて伝えるかで、働く人の受け止め方が変わります。
3.自社を振り返る問い
当てはまるかどうかを、責めるためではなく、確かめるための問いです。すべてに「はい」と答えられる経営者は、多くないはずです。
- してほしいことと、最初の3か月でできるようになってほしいことを、本人に伝えていますか?
- 給料が、何によって決まり、どんなときに変わるのかを、本人が説明できますか?
- 忙しい時期と休める時期、雨の日の働き方と収入の見通しを、入る前に話しましたか?
- 入ってから最初の1年に、仕事の悩みを話せる場はありますか?
- 指示や方針は、人によって言うことが違っていませんか?
- この先、どんな仕事を任せたいと思っているかを、本人に話したことはありますか?
4.明日から取り組めること
大きな制度を作る前に、できることがあります。
- 期待を1枚に書く: 担当する作業、最初の3か月の目標、困ったときに相談する相手。入った日に一緒に読みます
- 1か月後と3か月後に、短く話す: 想定と違っていたことを、早めに聞きます
- 雨の日・冬の作業のリストを作る: 農林水産省の働き方改革のガイドには、雨の日や冬にもできる作業を書き出し、農繁期の作業の山をならした例があります
- 年間の作業の予定と、休みの希望を先に聞く: 同じガイドにある例です
- 給料の決まり方を説明する: 給料の水準そのものは、働き続けるうえで大切です。そのうえで、給料が何によって決まり、変わるのかを、本人が分かる言葉で伝えます
5.評価の仕組みは、話し合うための共通の土台
働く人は、何ができれば認められるのか、成長がどう待遇につながるのかを知りたいと思っています。経営者も、期待していることを伝え、成長を認めたいと思っています。評価の仕組みは、それを経営者の感覚だけに頼らず、二人の間に置くための道具です。昇給を約束する制度ではなく、期待・成長・評価・待遇について話せる、共通の土台です。
流れは、次の4つです。農林水産省の委託事業でまとめた「キャリアアップ推進の手引き」(2016年度)も、期初に目標を決め、半期ごとに面談して認識を共有する進め方をすすめています。
- 期初に、目標を合意する: 本人と一緒に、3〜5つの目標と、何ができれば達成かを決めます
- 途中で、確かめる: 半年の途中で一度話します。天候や担当の変更で目標が合わなくなったら、理由を書いて変えます
- 記録をもとに、振り返る: 日々の作業の記録や、上司が見たことを並べて、本人と一緒に振り返ります
- 会社の基準で、評価する: 点やランクを、会社が事前に決めて伝えた基準に当てはめます。待遇への反映のしかたも、会社の基準によります
たとえば、入社2年目の従業員(架空の例です)の目標を、こう書きます。
目標の例(架空)
品質: 出荷の調製で、規格外の混入による返品を減らす(半期で2件以下) 安全: 農薬を使う作業の前に、決めた点検を毎回して記録する 段取り: 翌日の収穫の資材を、前日の夕方に用意する 本人だけで左右できない条件: 長雨の年は、規格外そのものが増える
途中で長雨が続いたら、その条件の変化を書いておきます。期末には、返品の件数だけでなく、雨のあとに選別を一つ増やした工夫も、記録をもとに話し合えます。収穫量だけで評価しない、という合意も、ここで言葉にできます。
注意
評価の仕組みを入れれば辞める人が減る、と言い切れるだけの調査は、私たちが調べた範囲では、農業では見当たりませんでした。手引きも、定着につながることを「想定される効果」として挙げており、効果を測った結果ではありません。給料の水準、体の負担、家庭の事情など、評価の仕組みだけでは変わらない理由もあります。国や団体は、手引きや様式を無料で公開しています。
補足
この記事は、2026年11月2日時点の公開資料をもとにしています。調査の対象や時期は、それぞれの資料でご確認ください。
出典
- 労働基準法 第41条(労働時間等に関する規定の適用除外)・別表第一 資料を開く
- 農業労働力の確保に関する行政評価・監視 −新規就農の促進対策を中心として− 結果報告書(第2の3(3) 新規雇用就農者の離農抑制対策の実施状況(就農後)) 資料を開く
- 農業の「働き方改革」検討会 別冊参考資料(離職された方からの聞取調査など) 資料を開く
- 農業の「働き方改革」経営者向けガイド(労働基準法の適用除外の範囲を含む) 資料を開く
- 農の雇用事業に関するアンケート調査結果概要(平成28年) 資料を開く
- 農業法人等における雇用就農者のキャリアアップ【推進の手引き】(農林水産省委託 平成28年度 雇用就農者のキャリアアップ推進委託事業) 資料を開く












